バイクラック・置くだけでは止まらないメカニズム

近は全国各地で、バイクラックが設置されるようになりました。しかし、バイクラックを置けば、サイクリストや愛好家の人々が集まってくるわけではありません。

バードウォッチングに例えるなら、止まり木を用意したらそこに鳥が止まるのか、ということです。頻繁に止まってくれる木もあれば、まったく止まってくれない木もあります。そこには鳥なりの理由があります。実はこれ、自転車もまったく同じです。

目次

 

やたらと止まる木には、訳がある

鳥をよく観察していると、お気に入りの木があるように感じます。獲物が狙いやすいとか、巣のすぐ近くだとか。なんの理由もない場所に止まったとしたら、それは単なる偶然なのです。

偶然を必然に変えるために、人間はエサを置いたりします。木に果物を刺したり、ひまわりの種を置いたり。でも、鳥の生態を理解していないと、ターゲットの鳥は集まってきませんよね。たとえばカワセミを見たいと思ってひまわりの種を置いても、魚が主食のカワセミは寄ってきません。

はじまりは、ターゲットの生態を知ることから

サイクリストに話を戻しましょう。

多くのサイクリストは手段(走ること)が目的化しています。なので、基本的に「走りたい=止まりたくない」のです。そのサイクリストを止めるには、偶然を必然に変える工夫をする必要があります。それはトイレ休憩かもしれないし、エネルギー補給かもしれません。あるいは、その両方を満たす場所、ということも十分考えられるでしょう。

次に、サイクリストの活動エリアに近いことも重要です。たとえば峠の周辺などは絶好のポイントです。登る前に休憩して「これから登るぞ!」と気持ちや呼吸を整えたり、峠を越えて来た人が一服したり、遅れた仲間を待ったりするからです。このような場所は、走行ログを記録してくれるアプリで検索するとわかりやすいです。

そして、サイクリストの道具についても熟知しておく必要があるでしょう。

まず、サイクリング用の自転車にはスタンドがついていません。バイクラックを設置するのは、そのためですよね。ではバイクラックなら何でも良いのでしょうか?答えはNOに近いと考えます。なぜなら、最近の自転車はカーボン製が多いからです。カーボンは軽く強靭なかわりに、とてもデリケートな素材です。なので、金属製のバイクラックよりも、木製、それも針葉樹のような柔らかい木が良いでしょう。自転車がバイクラックに当たっても、木のほうが負けるからです。

木と言っても、ホームセンター等で手に入るSPF材はお勧めしません。水に弱いため、定期的に防腐剤を塗らないといけません。個人的なお勧めはヒノキです。神社の鳥居にはヒノキがよく使われますが、防腐剤も塗らずに何十年も立ち続けているのは理由があるのです。それに、SPFは輸入材です。その地域でとれたヒノキを使えば、地域の経済にも貢献します。それが間伐材なら、ソーシャルなイメージもONされるでしょう。桧人製バイクラック

さらに、サイクリング用自転車にはスタンドはおろか、泥除けもカゴもついていないケースがほとんどです。荷物は服のポケット(サイクリング用のシャツには背中に多くの荷物を入れられるポケットがついています)に入れるか、自転車に取り付ける小さいバッグに入る程度で、買い物は必要最低限。お土産を買うことは稀です。

もう一度言います。サイクリストは「走ること」が目的です。休憩は「よりよく走るために必要な行為」ですが、それ以外はすべて「目的外の何か」なのです。

ずっと君を見つめていたい

サイクリストは、自分の自転車を他人に触られたくありません。わずか1~2分のトイレであっても、常に目の届く位置に置いておきたいぐらいです。「サイクリストにやさしい宿」は「部屋に愛車の持ち込みOK」とするケースもありますが、それぐらい「常に手元に置いておきたい」というサイクリストのニーズに応えたサービスです。弊社が開発したバイクラックは、まさにそのためのものです。

この理由のひとつに、自転車が高価であることが挙げられます。実は、車輪だけで10万円以上というのが珍しくありません。しかも出先でもすぐパンク修理できるように、工具なしで簡単に脱着できるようになっています。しかしこれが諸刃の剣で、簡単に持ち去られるリスクにもなります。そんなこともあって、かたときも目を離したくないのです。

サイクリストの多くは効率の良いペダリングのため、靴とペダルが合体するシステムを使っています。スキーと同じようなシステムと考えていただくと良いでしょう。靴の裏にはペダルと合体するための金具がついていますので、自転車から降りて歩こうとすると金具がじゃまになり、ペンギンのような歩き方になります。そして、サイクリング用の靴底はカーボン製が多いです。カーボンを傷つけたくないので、砂利のような場所は極力歩きたくありません。移動は自転車と常に一緒。とにかく自転車から離れたくないのです。

対サイクリストのラスボス

もうおわかりでしょう。店内で歩く距離が短く、ガラス張りで自分の自転車が監視できて、食料も飲料も手に入り、トイレもある・・・コンビニは、サイクリストにとって最強の休憩場所なのです。そこで、ラスボスに勝つための戦略を考えてみましょう。

まず、サイクリストがよく通過するルートをアプリ等で調査します。そしてあまり歩く必要がなく、自分の自転車を常に視認できて、飲食料・トイレがある場所。ここまで揃えて、やっとコンビニとイーブンです。そこから、コンビニにない機能をONします。

屋外からも注文・受け取りできたりすると、自転車から離れるリスクが減るので好印象です。ウッドデッキも良いでしょう。平らなうえに、カーボンの靴底を痛めないからです。そしてベンチやテーブルがあって、自分の自転車の横で飲食できると、ますます好印象でしょう。飲食料はパンやピザ、コーヒーなどが相性良いです。自転車はヨーロッパ文化の色が濃いからです。バイクラックと一緒に空気入れを置いてあるケースもありますが、多くのサイクリストは小型の空気入れを携帯していますので、それほど魅力的には映らないでしょう。むしろ、チューブやパンク修理キットなどが置いてあると「あそこに寄れば、何とか帰れる」となるかもしれません。

何より大事なのは、サイクリスト同士の会話が弾む場所にすることです。同好の士が集まる場所では思う存分自転車の話ができるので、それだけで満たされた気分になります。コンビニにはこの「サロン空間」がありません。最近はイートインスペースのあるコンビニも増えてきましたが、それでも「お互いの自転車を見ながら、自転車の話をする」を実現するのは困難です。そういう空間にバイクラックを設置すると、サイクリストが立ち寄る可能性は高まるでしょう。

そして最後は、その場所のオーナーも自転車に乗ることです。サイクリストや愛好家に「オーナーは自分たちの良き理解者だ」と仲間意識を持ってもらうと会心の一撃になります。本格的に乗る必要はありませんが、楽しさを共感してもらえるレベルがあると、可能性がぐっと高まります。

おわりに

海外の自転車関連企業のロゴには、鳥をモチーフに入れたものが多くあります。定かではありませんが、自転車選手は鳥が飛んでいるように走るから、とか。こんな「鳥人」たちを止まり木に止まらせるためには、サイクリストの生態に合わせた工夫をしてみると良いでしょう。

この記事を書いた人

西井 匠

自転車なんでも活用博士

スポーツ科学の博士。北京オリンピックではマウンテンバイクチーム監督を務めた。肩書からはバリバリの体育会系と思われがちだが、高校卒業まで帰宅部、大学は農学部という異色の経歴の持ち主。高校時代に単なる旅の足としての自転車からスタートし、最後はスポーツ・競技に至る。この、両極端を知るからこその引き出しの豊富さが好評を博している。
多気町自転車のまちづくりプロデューサー・長野県サイクルツーリズム推進コーディネーターなど

« 新着情報一覧 »

新着ニュース