サイクリストはお金を使わない?

つい最近、こんなツイートが話題になりました。

■開催自治体側

・サイクリストはお金を使わない

・イベントを開催しても費用の割には経済効果がない

■サイクリスト

・走りたいだけで、お金を使いたいわけでもない(コンビニでよい)

今回はこれについて、考察したいと思います。

 

目次

・実は多様な「サイクリスト」

・ターゲット別、目的はなにか?

・サイクリストにお金を使ってもらうためには

 

実は多様な「サイクリスト」

ここがとても重要です。一口に「サイクリスト」とくくってしまうのは危険です。なぜなら、サイクリストはもっと細かく分類できるからです。いや、分類しなくてはならないのです。

包丁で例えてみましょう。魚なら出刃・果物ならペティナイフのように、用途や目的によって使う包丁は違うはずです。それを「切れれば良いので、包丁は何でも同じ」という分類にはしないはずです。ここをかけ間違えると、いつまでたっても話がかみ合いません。

ターゲット別、目的はなにか?

ロード系アスリート

まず一つ目は、競技やレースを主目的にしたサイクリストです。サイクリストというよりもアスリートという表現のほうが適切でしょう。こちらに属する人々は「いかにスピードを維持して走るか」「タイムを削るにはどうしたらよいか」のように、走ることそのものが目的化しています。このような人々は「補給のため、コンビニで止まる」ことすら「走る」という目的から外れますので、最低限の時間で済ませる傾向が強いです。今回のツイートに出てきた「サイクリスト」は、文章の内容からおそらくこの分野の人々と推察します。

この人々が参加するイベントは主に「レース」です。レースで結果に結びつくようなことにはお金を使いますが、逆のことには使いません。たとえば宿泊施設。部屋が広くて豪華だけど会場から遠いよりも、狭くて質素でもレース会場になるべく近いほうを好みます。食事は特別で豪華な料理より、低脂肪高たんぱくのように、栄養バランスを重視する傾向が強いです。翌日のレースに影響するといけないので、お酒をたくさん飲むこともありません。会場まで2~3時間圏内なら、宿泊しない人も多いでしょう。自宅のほうがコンディションを維持しやすいからです。

高額な自転車に乗っていることが多いので、お金がないわけではありません。目的に合わないから使わないのです。

 

レース後なら観光できるじゃないか、という意見もあるかと思います。ですが、よほどのことがない限り、この人々の琴線にふれる意見ではないと思います。まず、レースに家族で来るのは少数派です。多くは男性の仲間で来ます。その時点でレース後観光の確率は、かなり低くなります。鍛えられた屈強な男性が数人そろって、観光地をそぞろ歩きしている姿をイメージできるでしょうか…? 「女子旅」はあっても「男子旅」という響きが一般的ではないのは、皆さんご想像のとおりです。

さらに、レース後は脚が疲れているため、あまり歩きたくありません。なるべく早く帰宅して身体を回復させたいと考える傾向が強いです。

私も長らくレースの世界にいましたが、いま振り返ってみてもレースの結果(それも苦いほう)・会場周辺で食べた地域の名物ぐらいしか記憶に残っていません。

ロード系ロングライド

この層は、ロングライドなど地域を巡るイベントに参加するサイクリストです。この人々も走ることが目的であるのは同じですが、景色の良いところで止まったり、休憩したりすることも目的の一部にしている人々です。こちらは旅行要素が強いので、レースに比べると女子率が高くなります(あくまでもレースとの比較ですが)。

昨今人気のあるロングライド系のイベントは、休憩場所(エイドステーション)を何か所か設定し、そこで地方の特産品などをふるまうケースが多いです。とあるイベントの資料から試算したところ、参加費収入の1/3がエイドステーション関連費用に充てられていることがわかりました。つまり、参加費の1/3は地域にお金が落ちていると言えます。参加者も美味しいものをたくさん食べられますし、滞在時間も長くなるので地域の人々との交流もあり、満足度も高くなる可能性があります。

しかし、これらの層がイベント外の時にどれだけその地域に来てくれるかは、追跡調査が必要だと思います。

マウンテンバイク

もう一つのサイクリストとして、マウンテンバイクがあります。この中でも特に、トレイルツアーと呼ばれる整備された山道をガイド付きで走るものがあります。これはマウンテンバイクならではの特徴で、「玄関を出たら、そこはもうフィールド」というロード系にはない視点かもしれません。

トレイルツアーに参加する人々はロード系アスリートと同じく「走ることが目的」ですが、

・走る場所は私有地のケースが多く、ツアー時のみ走行が許可されていること

・ツアーに参加すると山頂まで運んでくれて、下りだけを楽しめること

など一般道を走るロード系とは違い、ただ走るだけでもお金を使うことが前提の仕組みになっています。また、イベントではないため、常時稼働していることも重要なポイントです。長野県のようにトレイルツアーやマウンテンバイク専用コースなどが集まっているエリアだと、連泊してフィールドをハシゴする方も多いように感じます。

ガイドツアー・レンタサイクル

これまでのサイクリストとは全く逆、旅を楽しむために自転車を使う層がいます。この人々は自転車に対する愛着は高くありません。ですが、本質的に自転車の良さ・楽しさを知っているので、旅を充実させるツールとして自転車に乗ります。

旅を充実させたい人ほど、ガイド付きツアーなどに参加します。特にインバウンド客はその傾向が強いように感じます。実感としてリピート率は高くないと思いますが、旅行サイト等に口コミを入れてくれるためリピート率の低さを補ってなお余りある効果をもたらしてくれます。また、インバウンド客は曜日が関係ないので、平日も動きます。

レンタサイクル利用者もこの層に入ります。ただしレンタサイクルは客単価を上げにくいので、初期投資の回収に時間がかかります。特にe-bikeは1台あたりの仕入れ単価が高いわりにレンタサイクル利用料を高く設定すると売れないので、色々と悩ましいです。

サイクリストにお金を使ってもらうためには

ツイートにあったとおりロード系アスリートを対象としたら、イベント時の宿泊費や参加費以外でお金を使ってもらうのはかなり難しいと推測します。

一方でロード系ロングライドやマウンテンバイクなど、同じサイクリストでも違う分野の人々をターゲットにした場合は、お金を使ってもらえるチャンスがあると思います。サイクリストを対象としたイベント等を検討する場合には、まず「サイクリストの分類」を入念にやっておくことが、何より大事だと思います。

この記事を書いた人

西井 匠

自転車なんでも活用博士

スポーツ科学の博士。北京オリンピックではマウンテンバイクチーム監督を務めた。肩書からはバリバリの体育会系と思われがちだが、高校卒業まで帰宅部、大学は農学部という異色の経歴の持ち主。高校時代に単なる旅の足としての自転車からスタートし、最後はスポーツ・競技に至る。この、両極端を知るからこその引き出しの豊富さが好評を博している。
多気町自転車のまちづくりプロデューサー・長野県サイクルツーリズム推進コーディネーターなど

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